古武術鍛練道場
錬誠会

「術」を極め、己を貫く。
古流居合術の真髄、尾張 関口流抜刀術。

筋力に頼る「武道」から、理を解く「武術」へ。
現代の私たちが忘れかけている、日本古来の身体操作。 それは、力任せに刀を振ることではありません。
身体の構造を理解し、重力を味方に付け、最小限の力で最大の結果を生む——。
錬誠会は、現代人が忘れかけている日本古来の身体操作と、凛とした武士の精神を研鑽する古武術鍛練道場です。
刀を通じ、日常の疲れや歪みをリセットし、時代に流されない「一生モノの身体の使いかた」を手に入れませんか。

入門者募集!見学・体験など随時受付中!

1【総合的な武術】古武術の全容を網羅する
居合術・抜刀術・剣術を主軸に、実戦的な体術、杖術、さらには弓術・馬術に至るまで。特定の型に縛られず、幅広い武術を体系的に学べる稀有な環境を整えています。
2【術の追求】実戦に裏打ちされた「斬れる居合」
型稽古の先にある、古流の術理を深く探究します。力任せではない、理にかなった身体操作を習得することで、心技体が一致した『実際に斬ることのできる居合』を目指します。
3【心身の鍛錬】「静」の心で己を磨く自己修養
刀を通じ、己の雑念と対峙する。研ぎ澄まされた集中力の中で型を練る時間は、日常の喧騒を離れ、確かな自分自身を見出す貴重なひとときとなるでしょう

【門戸は常に開かれています】
錬誠会では、年齢や経験を問わず、初心者・未経験者の方も広く歓迎いたします。 重んじるのは、技の巧拙よりも、礼儀作法を尊び、心身を研鑽しようとする志です。 古武術の真髄に触れ、新たな自分を拓きたいと願うすべての方の入門を、門人一同、心よりお待ちしております。

名古屋の地に、武士(もののふ)の嗜(たしな)みを


「刀を抜く」——それは、単なる技術の習得ではありません。

先人たちが命懸けで磨き上げた「身体の理」と「不動の心」を、現代を生きる人々の力にしたい。それが私の切なる願いです。
絶え間なく情報が溢れ、心休まる暇もない現代社会。
しかし、ひとたび道場に立ち刀を構えれば、そこにあるのは自分自身との純粋な対話だけです。

抜刀における「静」から「動」への転換は混沌とした日常の中に凛とした一本の芯を通してくれます。
「武術は厳しく、遠い世界のもの」という先入観は、どうか横に置いてください。
大切なのは、技の巧拙ではありません。「昨日より少しだけ、自分の心身を自由に操れるようになりたい」という、ささやかな探求心です。
この尾張の地で、共に汗を流し、一生の宝となる「心と身体の軸」を創り上げていきませんか。
皆様と道場でお会いできる日を、心より楽しみにしております。


                         尾張関口流抜刀術 代表 林 貴之

情報過多の現代社会において、あなたは心から「無」になれる時間を持っていますか。
ストレスや雑念から解放され、心身を整える最高の自己修養。それが、居合術です。

これは編集画面用のサンプルです。

「プレビュー」から実際の見た目をご確認ください。

居合の奥深さに触れ、心身を鍛える「自己修養の場」として、私たちと一緒に夢中になって稽古を楽しみませんか?
● 心の動きを整える時間: 仮想の敵を想定し、刀を抜き、斬り、納める一連の所作を繰り返す居合は、型を通して「心の動き」を静め、調える、現代人にこそ必要な自己修養の時間です。

● 確かな自分を発見する: 日常の喧騒から離れ、刀を通して自分自身と対峙することで、好奇心と探求心を刺激し、研ぎ澄まされた集中力は、あなたの中に眠る「確かな自分」を発見させてくれるでしょう。

● 上達の秘訣は「夢中」: 「夢中に勝る上達なし!」を合言葉に、刀を振る爽快感、技が決まった時の充実感を大切に、楽しみながら着実に成長できる環境を重視しています。 時に「難しい」と感じる瞬間があるかもしれません。しかし、夢中になって取り組むことで、その壁を乗り越える喜びを知り、強固な自信へと繋がります。

未経験から始める、大人のたしなみ。
興味はあるけれど、「武道は厳しそう…」と諦めていませんか? 当道場では、経験、性別、年齢は一切問いません。
現在、10代〜60代まで、男女問わず和気藹々と稽古に励んでおり、女性門人も多数活躍しています!
居合は直接的な対人練習ではなく、自分の内面と向き合う武道です。体力に自信がない方や、体力作り・姿勢改善を目的とした方も大歓迎です。

  
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≪ 錬誠会 理念:伝統の継承と現代への適応 ≫

錬誠会は、古流の技を深く敬い、その真髄を後世に伝える「伝統の継承」と、新しい道理や知識を吟味して現代に活かす
「現代への適用」を実践の中心に据えています。
【伝統の継承と真髄の探求】
 古(いにしえ)より伝わりし技を敬い、その真髄を後世に継ぐことを第一とします。

形稽古を通じて、単なる「武道」の枠に留まらない、古武術としての活きた居合術、すなわち「術」の探求を重視しています。これは、武術が本来持つべき実戦性と身体運用の深淵さに触れることで、伝統の真価を現代に蘇らせることを意味します。

【現代への適用と心身の鍛錬】
新しき道理や知識を吟味し、現代の生活や自己成長に活かす道を求めて実践します。
稽古を通して、心身を鍛え、礼儀作法を身につけ、より良い人間形成を目指すことを最大の意義としています。
居合術は「敵は自分自身」という考えのもと、己の心と向き合い、克服するための修行と捉えられています。
【誠を尽くした自己修養】

上記の両道(伝統の継承と現代への適用)を旨として修練に励み、誠を尽くして常に自己の修養に努めることを究極の目標とします。

この理念に基づき、私たちは「尾張 関口流抜刀術 兵法 錬誠会」として活動しています。

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当会が目指すのは、単に古くから伝わる「型」をなぞることではありません。
居合術、抜刀術、剣術、杖術、そして体術や護身術に至るまで、
あらゆる武技に共通する『術理』の探究こそが、私たちの活動の核です。
 武器術から体術までを網羅する幅広い研鑽を通じ、「身体の理(ことわり)」を深く理解することで、
日常生活にも通じる強固な心身を育むことを目的としています。
この道場で、共に「術理」の深淵に触れ、自己を錬成していきましょう。

《居合術》
鞘の内で勝負を決する。無駄を削ぎ落とした「初動」の理を学ぶ。
居合術とは、鞘に収まった状態から一気に抜き放ち、その一撃で勝負を決する武術です。 仮想敵を想定し、抜刀から太刀捌き、血振るい、残心、そして納刀に至る一連の「型」を通じて、極限の集中力と術理を研鑽します。当流では、古くから伝わる伝書や口伝を重んじながらも、独自の研究と編纂を加え、より現代的かつ合理的な「実戦的居合」を追求しています。 ただ形をなぞるのではなく、「なぜその角度なのか」「なぜその足運びなのか」という術理を徹底的に解明。 日々の稽古は、単なる技の習得に留まらず、実生活でも疲れにくく凛とした「軸の通った身体操作」へと昇華されていきます。

《剣術》(組太刀)
対人稽古を通じて、生きた「間合い」と「機」を学ぶ。
木刀を用い、仕太刀(しだち)と打太刀(うちだち)に分かれて行う対人稽古です。 一人で行う型稽古では得られない「目の前の敵」との距離感、そしてコンマ数秒の「機(しゅんかん)」を肌で学びます。組太刀の真髄は、単なる打突の応酬ではありません。 相手の重心移動や呼吸から次の動きを読み解く「洞察力」、そして最小限の動きで相手を制する「攻防一体の理」を追求することにあります。 真剣なやり取りを通じて養われる、実戦に即した身体操作と揺るぎない精神性。 共に高みを目指す仲間と切磋琢磨し、他者と対峙した際にも崩れない「真の強さ」を育みます。

《試斬》(抜刀術)
理論を現実に。「理」の正しさを問い、術の精度を極限まで高める。
錬誠会では、毎月「試斬講習会」を開催しています。 これは単に物を斬ることが目的ではありません。居合・剣術で学んだ「身体の理」が、物理的な現象として正しく体現できているかを検証するための、極めて重要な修練です。「斬る」という行為を通じて、形稽古だけでは気づきにくい刃筋のわずかな狂い、力の伝え方、身体の軸のブレが、斬り口や感触となって明確に現れます。 真剣の重みを感じ、切っ先から五感を研ぎ澄ますことで、抽象的な理論を確固たる実戦的な技術へと昇華させます。 その場での修正を繰り返すことで、一撃の精度を極限まで磨き上げていきます。


《杖術》
武器の長短、無手を問わず。一貫した「身体の理」の応用を学ぶ。
杖術(じょうじゅつ)は、変幻自在の武器術です。「突けば槍、打てば太刀、払えば薙刀」と称されるように、一筋の杖があらゆる武器の特性を併せ持ちます。最大の特徴は、左右対称に体を動かすことにあります。突き、払い、打ちを左右等しく繰り出すことで、身体の歪みを整え、合理的で偏りのない「調和のとれた身体運用」を目指します。 杖を滑らせ、瞬時に持ち手の幅や間合いを変える技術は、まさに千変万化。一つの理(り)が、状況に応じて無限の形に変化する面白さを体感できます。

《柔術》《体術》
護身を重視した、しなやかな「力の運用」を学ぶ
無手(素手)、あるいは短器を用いた攻防の技法を研鑽します。 最大の特徴は、筋力で相手をねじ伏せるのではなく、相手の力を受け流し、利用する「柔らかな力の運用」にあります。単なる格闘技としての強さを競うのではなく、自らの身を確実に守る「護身」を最優先。 体捌きによる回避、重心の操作による「崩し」、そして最小限の力で制する「極め」といった基本を徹底的に習得します。 これらの身体運用は、居合術や剣術における「鞘引き」や「体幹の安定」とも深く繋がっています。道具の有無を問わない一貫した「理」を学ぶことで、いかなる状況下でも揺るぎない対応力を身につけます。

■■■ 特 別 講 習 ■■■
居合の基礎を習得した希望者のみ対象

《弓術》(武射系)
放たれる一矢に、古の戦場が求めた「合理の理」を宿す。
武射系(ぶしゃけい)は、弓術の中でも特に実戦における効率と威力を追求した技術体系です。 現代の弓道が精神修養や礼法を主眼に置く「礼射(れいしゃ)」として発展したのに対し、武射はあくまで武器としての弓の性能を極限まで引き出すことを目的としています。求められるのは、標的を射抜くための最短の予備動作、力強い貫通力、そして状況に応じた瞬時の判断力です。 当道場では、この「当てるための理」を深く掘り下げ、身体のバネと骨格を効率よく連動させる身体操作を研鑽します。それは単なる的中を超え、武士が戦場で求めた「必中必殺」のリアリティを現代に蘇らせる試みです。

《和式馬術》
日本の風土が育んだ、人馬一体の「理(り)」を体現する。
和式馬術は、日本の峻険な地形と在来馬(和種馬)の特性に合わせ、武士たちが命懸けで磨き上げた独自の騎乗技術です。 西洋馬術とは一線を画す、和鞍・和鐙(あぶみ)を用いた独特の姿勢と操作法には、身体の重心を自在に操る「古武術の知恵」が凝縮されています。ただ馬に乗るのではなく、鞍の上で弓を引き、太刀を振るうための「動く土台」としての騎乗。 当道場では、馬の呼吸を読み、自身の重心を馬の動きに同調させることで、力に頼らず馬を操る「和の術理」を追求します。それは、居合や体術で培った「軸」が、異種の生命体と繋がる究極の身体運用の形です。

《流鏑馬》
疾走する馬上から、一筋の理(り)を射抜く。
疾走する馬上から、次々と現れる的を射る「流鏑馬」。 それは、激しく揺れる馬上で完全に重心を制し、上半身を静止させる「動中の静」の極致です。狙いを定める一瞬に、いかに無駄なく、力強く、そして正確に矢を放つか。 ここでは、馬の歩法に同調する「膝の抜き」や、体幹を瞬時に安定させる高度な身体操作能力を研鑽します。和式馬術と武射系弓術が一つに溶け合い、これまでの修練すべてが試される、まさに総合武術としての集大成といえる試みです。

稽 古 風 景 

小見出し
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年 間 行 事

新春初抜き会

護國神社 奉納演武

伊勢神宮 参拝

伊勢おかげ横丁昼食 

熱田神宮 奉納武道演武会

刀剣勉強会

冨岡刀匠鍛刀場見学

関鍛冶伝承館

真剣講義

日本刀古式鍛練見学

春季大会

花見

免状授与式

ビアガーデン

納涼会(鵜飼)

交流会(うなぎ)

BBQ大会

秋季大会

昇段審査会

忘年会(ふぐ料理)

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武道ではなく武術を‼ 失われた「術」を求めて

「失われた術」とは、単に過去の技法が忘れ去られたというだけでなく、武術がその本来の目的であった「実戦」から離れる過程で、見過ごされ、軽視されてきた本質的な要素を指します。
具体的には以下のような点が挙げられます。

◎実戦における即応性: 形稽古や型稽古は重要ですが、実際の戦闘では常に状況が変化します。
相手の動き、間合い、力の流れを瞬時に見極め、最適な「術」を繰り出す能力は、現代の武道では軽視されがちです。

◎身体運用の奥義: 古流武術には、現代の解剖学や運動生理学では説明しきれないような、高度な身体運用法や身体感覚が存在しました。
重心の操作、力の伝え方、無駄を削ぎ落とした動きなどは、文字通り「術」と呼ぶにふさわしいものでした。

◎相手を制する「間」と「機」: 物理的な技だけでなく、相手の心理を読み、一瞬の隙や機会(機)を捉え、最適な間合い(間)で攻撃を仕掛ける能力は、武術の真髄でした。これは単なる技術ではなく、研ぎ澄まされた直感と経験に裏打ちされたものです。

◎状況判断と応用力: 複数の敵、不整地、武器の有無など、様々な状況下での対応能力も「術」の一部でした。
型に囚われず、状況に応じて柔軟に技を変化させる応用力が求められました。 

「術」を求める意義 

失われた「術」を求めることは、単なる古き良きものへの郷愁ではありません。
現代においてその意義は多岐にわたります。

◎武道の本質的な再認識: 「術」を追求することで、武道が本来持っていた実戦性や身体操作の深淵さに触れ、形骸化された稽古に新たな意味を見出すことができます。

◎身体能力の限界への挑戦: 古流の「術」には、現代人が忘れかけている身体の可能性が秘められています。それを探求することで、より効率的で、より強力な身体運用法を習得できる可能性があります。

◎自己防衛能力の向上: 平和な時代だからこそ、いざという時の自己防衛能力の重要性は増しています。「術」を学ぶことで、万が一の事態に備える実用的な力を養うことができます。

◎精神性の深化: 「術」の探求は、単なる技術習得に留まらず、自身の内面と向き合い、集中力、洞察力、決断力といった精神性を高める道でもあります。

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